これからの経済と社会の中で教育環境はどうあるべきか考えたこと

生産者、消費者という関係性を再定義するベーシックインカム、生産、消費活動を媒介する"お金"の本質を再構築する仮想通貨、これまでつながることのなかった人々を繋げるスマートフォンなど、テクノロジーや資本(富)の変化によって、ここ数年社会は大きく変わろうとしています。

 

色々な業界がその変化に対応しようと、新しい技術や概念に必死になってついて行こうとしていると思うのですが、僕は子どもたちの環境も変わるのではないかと思います。

 

これは教育業界という意味ではありません。

 

"教育"という考え方はどこを目指しているのでしょうか。

子どもたちが社会に出た際(大人になるということ)に困らないように?

もっと具体的にすると働く力や空気を読む力でしょうか。

 

もちろんその考え方を否定するわけではありませんが、なんのための教育なのか?という視点を考えている人はどれくらいいるのかなと思います。

 

仮に今の教育が目指しているところが、労働力や社会性を育むというのであれば、冒頭で挙げた変化によって、また考え直す必要があるのではないでしょうか。

 

ベーシックインカムはまだ世界的にも試験段階ではありますが、資本増え続け、経済格差が生じることによる弊害を解決する制度はなんらかの形で必要になります。

 

生産と消費の関係性が変わるわけですから、当然、労働という考え方も変わります。

 

これまではほぼ全国民が生産活動をし、それを消費してきました。しかし、ベーシックインカムが採用された場合、生産活動と消費活動は表裏の関係ではなくなります。

 

高い生産性を発揮する人(好きなことや得意なことを仕事にしている人)やロボットが生産活動をし、それ以外の人は消費するだけという構図になった場合、教育業界は何を目指して、子どもたちに何を教えれば良いのでしょう。

 

1つはっきり言えるのは、これまで通り全員横並びに同じことを教え、従順な労働者を育成するような教育はマッチしないということです。

 

子どもたちがより豊かな人生を歩めるような教育環境を整えるためには、”遊び”も含めた娯楽の楽しみ方や物事のハマり方を教えていくべきではないでしょうか。

 

そのためには”勉強”という範囲を超えて、子どもたちが色々な物事に触れるチャンスを増やしていく必要があると思っています。

 

もっともっとやれることはありますが、まだあまり考えがまとまっていませんのでこの辺で。