インタフェース規格は統一された方がいいのか

新型Macを使い始めて二ヶ月ぐらい経ちますが、前回持っていたMacが2012年型のめちゃくちゃ重いMacBookProだっただけにとても満足しています。

 

新型MacBookProといえば、周辺機器とのインターフェース部分が全てThunderbolt 3(USB Type-C)に統一され、これまでのStandard-AやSDカードスロットがなくなり、とてもシンプルになりました。

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USB Type-CもしくはThunderbolt 3は、給電からあらゆるデータ送信、ビデオ出力が可能で、このインターフェース一つであらゆる機器と接続が可能になります。 

↓USB Type-CとThunderbolt 3についてはこの記事が結構わかりやすかったです。

Thunderbolt3とUSB Type-Cの違いは何?将来のMacとThunderboltの関係を考察する | アナザーディメンション

 

これ自体は、まさに技術進化の賜物なのですが、現在はUSB Type-Cへの移行期ともあり、周辺機器が未対応で変換アダプタが必要だったり、ちょっと面倒なことになっています。

 

今後はもっとUSB Type-C対応の機器が増えて、今よりもっと快適にシンプルになると思うのですが、いろいろな機器が同一の規格に則るようになるのは、果たしていいことなのでしょうか。

 

もちろん消費者的には、機器に合わせていろいろなタイプのケーブルを持ち運ぶ必要がなくなるし、変換アダプタをわざわざつけて機器周辺がごちゃごちゃせずにいいと思います。しかし、規格が統一されるということは、技術進化の競争もなくなってしまうのではないでしょうか。

 

仮に世の中全てのデータ転送の規格が統一され、どのPCも同じインターフェースを備えているとしたら、供給部品が量産化され資本力勝負の寡占市場が出来上がります。

寡占市場は市場原理による自由な競争を阻害しますから、当然、技術革新のスピードも落ちます。なので、長期的に見れば消費者は得をしません。

 

実際、今回新型MacBook Proに採用されたThunderbolt 3 はこれまでは日の目を浴びずにいましたが、とてもハイスペックで充電スピードが格段に違うと実感します。

 

ユーザーの不満の圧力にも屈しず、革新的な技術を積極的に採用していくAppleはさすがです。(元々インテルAppleが共同開発していた技術ですが)

 

このように、短期的な利便性ばかり追い求めると、技術の目を潰してしまい、長期的な利便性を失いかねません。

 

世の中いろいろな規格、インターフェースがありますが、消費者も短期的な利便性ばかり追い求めず、それぞれの技術レベルを理解し、より良い技術革新が生まれる土壌ができるといいですね。

 

以上、変換アダプタを忘れて大事な書類が印刷できなかった夜に考えた、規格の統一と技術革新についてでした。